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札幌高等裁判所 昭和56年(ネ)188号 判決

控訴人(被告)

谷口東光

被控訴人(原告)

弭間昌宏

主文

原判決中控訴人に被控訴人に対し金四四万二〇二〇円及びこれに対する昭和五二年九月七日から完済まで年五分の割合による金員を超える金員の支払いを命じた部分を取り消す。

右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

本件その余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。被控訴人は、適式の呼出しを受けながら当審での口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされたその提出に係る答弁書及び同訂正書の記載を総合すると、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めるというに帰する。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

一  原判決の二枚目裏八行目の「仮に(一)の主張が認められないとしても」を「仮りに本件事故の発生につき被控訴人に過失があつたとしても」と、同一一行目(末行)の「和解が成立した。」を「和解が成立したので、控訴人は被控訴人に対し後記損害の全額を賠償する責任がある。」と、各訂正する。

二  同三枚目裏一〇行目の末尾に、「(第一、第三号証はいずれも写し)」と付加する。

理由

一  昭和五二年九月七日午後六時一五分ころ、網走市南四条西四丁目交差点(以下「本件交差点」という。)において、被控訴人が網走駅方向から南六条方向に向けて車両を運転走行中、控訴人の運転していた普通乗用自動車と衝突(以下「本件事故」という。)したことは当事者間に争いがなく、その際控訴人において右乗用自動車を自己のため運行の用に供していたものであることは、控訴人の明らかに争わないところであるので、これを自白したものとみなす。しかして、成立につき争いのない甲第四、第六号証によれば、被控訴人は本件事故によつて頭部挫傷、頸部挫傷等の傷害を受けたものであることが認められる。

二  控訴人は、本件事故の加害車両は被控訴人車である旨主張するところ、これは本件事故が専ら被控訴人の過失によつてひきおこされたものであるとの主張と解されるので判断する。

1  成立につき争いのない甲第五号証、原審での控訴人の本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証、原審証人堀サヨ子の証言、原審での控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果によれば、

(一)  被控訴人は、大曲方面から東に向かつてほぼ直線状に本件事故現場を経て南六条通り方面に至る道路(以下「本件道路」という。)を、前記被控訴人運転車両である第一種原動機付自転車(網走市三三〇一)を運転して東に向かつて走行してきたものであるところ、南四条通りが本件道路の北側から北東方向に分岐する本件交差点を直進して南六条通り方面へ向かうべく、本件交差点の手前三〇ないし四〇メートルほどの地点で、進路をセンターライン付近に寄せて進行してきた。なお、本件交差点においては、本件道路の幅員は南四条通りの幅員よりも明らかに広く、南四条通りから本件道路に進入する直前に一時停止の道路標識が設置されていた。

(二)  控訴人は、前記普通乗用自動車(旭五五ぬ三六五一)を運転して南四条通りを本件交差点に向かつて進行してきたものであるところ、本件交差点で左折して本件道路に入り、その後直ちに、本件交差点の東端に設置された横断歩道の直近東側で右折し、本件道路から南方向に分岐する天都山に至る道路に進入するつもりでいたものである。

(三)  しかして、控訴人は、南四条通りから本件交差点に進入する直前で前記標識に従い一時停止したうえ、本件道路を東進する車両を二、三台やりすごしてから発進して、左折しながら本件交差点に進入後直ちに右折の態勢に入り、徐行したまま本件交差点東端の前記横断歩道の中央付近に自車前部を至らせたところで、右折のため車体を進行方向右側に向けてやや斜めに置く態勢となつて、南六条通り方面から本件道路を西進してくる車両が一台あるのを認めてその通過するのを待つべく、停止寸前の状態にまで速度を落とした。そこへ、前記のとおり本件交差点へ向けて本件道路を東進してきた被控訴人運転車両が、控訴人運転車両の右側前部フエンダー部分に衝突し、被控訴人は、右衝突の衝撃によつて、控訴人運転車両の上を飛び越えるようにして、即座に停止した控訴人運転車両の前部左側の本件道路上に投げ出されるに至つた。控訴人は、右衝突に至るまでの間、まつたく被控訴人運転車両の存在を認識していなかつたものである。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  以上認定の事実に基づき、控訴人の過失の有無を検討する。

控訴人は、南四条通りから左折してこれより明らかに幅員の広い本件道路に進入しようとしていたものであり、しかも、左折完了後直ちに進路を変更して道路の中央に寄つたうえ右折しなければならないことから、対向車両の通過を待つため本件交差点の東端付近で一時停止しなければならなくなることも十分予想し得たものと認められるのであるから、右のとおり左折して本件道路に進入するに際しては、予め本件道路の西方から接近してくる車両の位置、速度等に注意し、たとえ控訴人において前示のとおり進路変更のうえ一時停止しなければならないこととなつても、右の接近してくる後続車両の進行を妨害するおそれがないことを確認した上で本件交差点に進入し、もつて衝突等の危険の発生を未然に防止すべき注意義務を負担していたものというべきである。

しかして、本件全証拠によつても、被控訴人において通常予測し得べき限度を超えた速度で進行してきたものとうかがわせる証拠はなく、原審での被控訴人の本人尋問の結果によれば、本件交差点に向けて進行してきた時点での被控訴人運転車両の速度は、毎時四〇キロメートルを超えない程度のものであつたと認められる。右の事実に前1認定の事実を総合すれば、本件事故は、控訴人が本件交差点に進入すべく一時停止した地点を発進後たかだか数秒以内で発生するに至つたものであつて、控訴人は、少なくとも左折しながら本件交差点に進入する際、接近してくる被控訴人運転車両を発見してその前方への進入を差し控えることができたのに、本件道路西方の交通の状況を確認することを怠つてこれを発見することができないまま、本件道路のセンターラインに自車を進入させたうえ、更に接近してくる被控訴人運転車両の進路前方で右折態勢に入り、そのまま停止寸前の状態にまで至らせたものと推認することができる。してみれば、控訴人は、前記義務に違反して被控訴人運転車両が控訴人運転車両に衝突する危険を招来したものであり、本件事故の発生については、控訴人の右義務違反の過失が寄与しているものと認めるのが相当である。

三  本件事故により被控訴人の被つた損害(慰藉料を除く。)につき判断する。

1  前掲甲第四、第六号証、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一号証、原審証人弭間四郎の証言、原審での被控訴人の本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件事故による前記傷害のため本件事故現場から直ちに救急車で運ばれて、網走市内の藤田病院において昭和五二年九月七日から同月一六日まで一〇日間入院して投薬、湿布等の治療を受けたうえ、その後引き続き同病院において同年一〇月一五日までの間に実日数一六日の通院治療を受けて前記傷害が治ゆするに至つたこと、右全治療期間を通じての治療費相当額は金四二万五〇二〇円であつて、右同額の診療報酬の支払いを請求されていること、右入院期間中七日間は頭痛、頸部痛があつて安静を図る必要があつたため附添看護を要する旨医師の診断を受けたけれども、現実には、被控訴人の母において三、四日附き添つたのみで、その余は病院に通いながら身辺の世話をしたにとどまるとの各事実を認めることができる。

2  右認定の事実によれば、被控訴人の被つた治療費、入院諸雑費、附添看護料の各損害は、それぞれ右の順に、金四二万五〇二〇円、金五〇〇〇円、金一万二〇〇〇円と認めるのが相当である。

四  被控訴人は、控訴人と被控訴人との間には、本件事故による被控訴人の人身損害については全額控訴人が負担する旨の和解が成立したものであるから、被控訴人に本件事故を発生させた過失があつても、控訴人は被控訴人の被つた慰藉料を含む全損害を賠償すべきである旨主張する。

1  前掲甲第二、第五号証、成立につき争いのない甲第三号証、原審証人亀井六郎、同弭間四郎の各証言、原審での控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果によれば、

(一)  控訴人は、昭和五二年九月六日(本件事故当日)、本件事故現場及び直ちに赴いた網走警察署において、それぞれ同署員に対し、控訴人において南四条通りから一時停止のうえ本件交差点に左折して進入後天都山方面へ向かうべく右折の態勢に入つたまま対向車両の通過するのを待つているところに突然ぶつかつてくるものがあつて、その瞬間はなにが起こつたかもわからなかつたところ、それがそれまでその存在すら認識していなかつた被控訴人運転車両であつたものであり、したがつて、右衝突までに被控訴人運転車両がどのように進行してきたのかはまつたくわからない旨、本件事故の態様につき説明をなしたうえ、同署員から、被控訴人が藤田病院に入院しており生命に別状はない旨の連絡を受けて、直ちに同病院に被控訴人を見舞うべく赴いた。

(二)  控訴人は、右のとおり赴いた藤田病院において、被控訴人(当時満一七歳の高校生)の父である弭間四郎に会つて、被控訴人が受傷するに至つたことにつき陳謝するとともに、本件事故の事後処理については、双方常識の線に従い誠意をもつて示談により解決することを約してその旨の確認書(甲第三号証)を取り交わし、具体的内容については後日更めて協議することとして、右病院を辞去した。

(三)  ところで、控訴人は、交通違反の累積点数があつて、本件事故が控訴人の過失による人身事故として処理されれば、免許停止等の行政処分を受けるおそれがあつたことから、本件事故が物損事故として処理されることを強く望んでいたものであるところ、右のとおり藤田病院を辞去してそのまま自宅のある旭川市に帰り、その翌日ころ、網走警察署に電話連絡をして、同署担当職員から、本件事故については、控訴人の過失の程度は比較的軽微なものとみられるので、相手方との示談が成立すれば、これを物損事故として処理することも可能であるとの示唆を受け、その後数日を経て弭間四郎と連絡をとつて、昭和五二年九月一七日に示談につき協議を整えるため同人と面談することとした。弭間四郎は、右面談予定の日までに本件事故の態様の詳細を知ろうと努力したけれども、被控訴人においては本件交差点に向けて進行していつた時点以降のことについてはなんらの記憶を有しておらず、また、網走警察署に赴いても控訴人が同署になしていた説明以上のものを得ることもできず、結局、本件事故の態様についてはその詳細を知り得ないままでいた。

(四)  しかして、控訴人と弭間四郎とは、前示のとおり被控訴人が藤田病院から退院したもののなお通院継続中の昭和五二年九月一七日、亀井六郎を立会人として網走市内において面談のうえ、本件事故の事後処理につき話し合つたものであるところ、控訴人からの前同様の本件事故の態様に関する説明がなされ、さらに警察の了解もとつてあるから是非物損事故を前提とする示談書を作成したい旨強く希望し、亀井六郎の人身事故として処理すれば自賠責保険がきくからその方が得策である旨の提言にもかかわらず、控訴人は飜意しなかつたため、弭間四郎としては、被控訴人が完治するまでの治療に要する費用を出してもらえばそれでよいとの意向が表明されたことを承けて、双方の間で、控訴人が右治療費を負担することによつて双方とも他になんらの請求をしないとの合意が成立し、これを証するため、「人身に異常ある時は、後遺症を含め、全部控訴人の負担とする。物損はそれぞれの所有者の負担とする」旨の記載のある本件事故に関する示談書(甲第二号証)を作成、調印するに至つた。

以上の事実が認められる。原審における控訴人本人の供述中、右示談書の調印は保険からの支払いを可能にするための単なる便法であつたという如き部分は、右認定中の反証のない部分、とりわけ、控訴人は当時示談を成立させることによつて行政処分を免れたいと考えていたことと対比して極めて不自然であり、到底措信することはできない。その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、控訴人と弭間四郎との間で、本件事故によつて生じた各損害の負担について、すでに被控訴人において藤田病院を退院してまもなく完治することが見込まれていた状況を前提として、控訴人及び被控訴人の各過失の有無及び程度のいかんを問うことなく、被控訴人の完治するまでの治療関係費はすべて控訴人の負担とし、その余はすべて各人の負担として相手方に対しなんらの請求をしない旨の合意が成立したものと認むべきものであつて、前示甲第二号証の文言どおりの合意が成立したものと認めることはできない。しかして、前掲甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、右合意中の被控訴人に関する部分については、弭間四郎は、被控訴人の親権者として被控訴人を代理して右合意をなすに至つたものであり、被控訴人の母親も以上の点についてはもとより異存はなくこれに同意していたものと認められるから、右合意は控訴人と被控訴人との間で効力を有するものである。また、前認定の被控訴人の治ゆの経過が、右合意の前提とされた状況の範囲内のものであることは明らかである。

3  してみれば、本件事故の発生についての被控訴人の過失の有無及びその程度を顧慮するまでもなく、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の被つた前示損害の計金四四万二〇二〇円につき賠償義務を負うものであるが、その余については賠償義務を負わないものというべきである。

五  以上の次第であるから、控訴人は被控訴人に対し自動車損害賠償補障法三条に基づく損害賠償として合意により控訴人の負担することとされた範囲で前記三の2の損害の計金四四万二〇二〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五二年九月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し右支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきものである。

原判決は、右に符合する限度で相当であるが、その余は相当でない。

よつて、原判決中右相当な範囲を超えて被控訴人の請求を認容した部分を取り消し、これに係る被控訴人の請求を棄却することとし、本件その余の控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎政男 寺井忠 八田秀夫)

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